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北海道大学高等教育研究部

活動内容詳細

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どのようにして問いを評価するか?〜その2〜SV背景画像
研究部ノート

どのようにして問いを評価するか?〜その2〜

高等教育研究部 教授 池田文人

北大に来て、色々な先生方に出会うたびに、質問を評価するテストのアイデアをお話しすると、それは面白いね!と共感はしてくれるのですが、それだけでした。やはりアイデアだけではダメで、具体的にどうするか、を説明できなくては、物事は何も進まないということを思い知りました。しかし、どうすれば質問を評価できるかを考えることは、答えのない問いに立ち向かっているように、捉え所のないテーマでした。AO入試を広めるための広報活動やAO入試の効果を検証するための追跡調査などに明け暮れながら、いつも頭の片隅にはこの茫漠たる問いがもやもやとありました。

転機が訪れたのは今から3年ほど前、新型コロナウィルスが猛威を振い始め、授業がすべてオンライやオンデマンドになった時です。 大学院(理学院)の方では、科学技術社会構成論というなんだか難しそうな授業を担当しています。社会構成主義とは、知識に関して言えば、私たちの知識は社会との関係の中で言葉によって形作られていくという考え方です。ロシアの教育学者であるレフ・ヴィゴッツキーが提唱した考えで、それまでのスイスの教育学者であるジャン・ピアジェが唱えた構成主義に基づく考え方を否定しました。ピアジェの構成主義は、知識は、個人が社会とのインタラクションを通じて、個人の中に形作られるという考え方です。社会構成主義では、個人というものも社会的に構成されるものであり、個人というものはないという考え方です。科学技術構成論という授業では、科学技術の知識は個人の営みとして形作られるのではなく、社会的な営みとして言葉によって形作られていくことを学びます。

この授業でまず考えることは、科学とは何か?科学的な知識とは何か?ということです。科学あるいは科学的な知識の定義の大元は、19世紀初頭にウィーン大学の哲学者を中心に作られたウィーン学団が提唱した論理実証主義です。そしてこの論理実証主義の土台となっているのが、オーストリア出身の哲学者であるルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインの著書『論理哲学論考』と、バートランド・ラッセルとアルフレッド・ホワイトによる『数学原理』です。コロナ禍前の授業では、院生たちに論理実証主義について調べてきてもらい、授業中に院生たち同士で議論させ、理解を深めるということをしていました。科学の定義として、論理実証主義の後に反証主義が出てきて、その後に社会構成主義が現れ、社会構成の重要な要素である言葉について考える、というのが授業の大まかな流れです。授業のメインは言葉ですので、論理実証主義については私自身はそれほど深く理解していたわけではなく、院生たちに議論のお題として提示する程度の知識しかありませんでした。 しかし、授業をすべてオンラインにしたことで、適当なお題を出して議論させるという授業ができなくなりました。少なくとも当初はそう思っていたので、きちんと授業資料を作成し、解説できることを迫られました。そこで改めて論理実証主義が依拠している『論理哲学論考』を読み直しました。この本は「語り得ぬものについては沈黙しなければならない」という言葉が有名で、当時の、「死とは何か?」のような哲学のための哲学を否定し、科学こそが本当の学問だとする、科学礼賛的な本です。そして科学的な知識とは、原子命題の論理的な組み合わせにより作られることが説明されています。原子命題とは、それ以上分割できない実体を伴った言葉による命題です。この説明こそが、質問を評価することの具体的な方法を私に閃かせたのです。(つづく)


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